はじめに
現代社会において、私たちは一日の 約90%を室内 で過ごしていると言われています。都市化が進む中で、「自然とつながりたい」という本能的な欲求を満たし、快適性と生産性を高める空間設計として注目されているのが 「バイオフィリックデザイン」 です。
オフィスや住宅、商業施設において、単に植物を置くだけでなく、建築デザインそのものに自然の要素を取り入れるこの手法は、世界的なトレンドとなっています。
今回は、このバイオフィリックデザインに焦点を当て、それを構成する 「直接的体験」と「間接的体験」 の要素について、その違い、それぞれの特徴、導入による メリット・デメリット を詳しく解説します。
これからの空間づくりの参考として、その効果や仕組みへの理解を深めていきましょう。

本文
1. バイオフィリックデザインを構成する2つの要素
バイオフィリックデザインを取り入れた空間づくりは、大きく分けて 「自然の直接的体験」と「自然の間接的体験」 の2つのアプローチで構成されます。この二つの要素は、人間に与える刺激の仕組みに大きな違いがあります。
🔹自然の直接的体験(Direct Experience)の概要
自然の直接的体験は、 実際の植物や光、水などを空間に配置し、五感で直接自然を感じさせる手法 であり、最も分かりやすく効果を実感しやすいアプローチです。
- 基本構造: 観葉植物の設置、自然光の取り込み、水景(アクアリウムや噴水)の導入などを組み合わせて空間を作ります。窓からの眺望や、外気を感じるテラスなどもこれに含まれます。
- 特徴: 人間を「生物」として癒やすイメージの手法です。視覚だけでなく、水の音や植物の香りなど、五感全体に働きかけます。
- 歴史: 日本庭園や坪庭を持つ町家など、日本の建築文化にも古くから根付いており、私たちのDNAに刻まれた 安らぎの感覚 を呼び覚まします。
🔹自然の間接的体験(Indirect Experience)の概要
自然の間接的体験は、実際の自然物ではなく、自然を感じさせる素材、形、色などを模倣して取り入れる手法であり、バイオミミクリー(生物模倣)とも関連します。
- 基本構造: 木目や石材などの自然素材の使用、アースカラーの配色、葉脈や波紋のような「有機的なパターン」を壁紙やカーペットに取り入れ、空間を作り上げます。
- 特徴: 直接的体験が「生きた自然」を取り入れるのに対し、間接的体験は 「空間の質」で自然を再現するイメージです。メンテナンスの手間を抑えつつ、無意識レベルで脳をリラックスさせる効果 があります。
- システム化: 建材や家具のデザインとしてシステム化されているため、オフィスビルや病院など、衛生管理上、本物の植物や土を置きにくい場所でも 容易に導入 することができます。
2. バイオフィリックデザインのメリット・デメリット
近年、ウェルビーイング経営の観点からも導入が進むバイオフィリックデザインには、以下のようなメリット・デメリットがあります。
🟦 導入のメリット
| 特徴 | 詳細 |
|---|---|
| 生産性と創造性の向上 | ストレスが軽減されることで集中力が高まり、オフィス環境においては 生産性が6%〜15%向上 するという研究結果もあります。リラックスした状態は、新しいアイデアや創造性を生み出しやすくします。 |
| メンタルヘルスの改善 | 自然要素に触れることで、幸せホルモンと呼ばれるセロトニンの分泌が促され、 ストレスや不安を軽減 します。従業員の離職率低下や、居住者の幸福度向上に寄与します。 |
| 企業ブランディング | 働く環境への配慮は、企業のイメージアップにつながります。 優秀な人材の確保 や、来客に対して「先進的で配慮のある企業」という印象を与えることができます。 |
| コミュニケーションの活性化 | 植物がある共有スペースなどは、人が自然と集まりやすくなります。リラックスした雰囲気の中で、部署を超えた コミュニケーションが生まれやすく なります。 |
🚨 導入のデメリット・課題
| 難点 | 詳細 |
|---|---|
| メンテナンスの手間とコスト | 本物の植物(直接的体験)を導入する場合、水やりや剪定、枯れた場合の交換など、 継続的なメンテナンス が必要です。専門業者への委託費用など、ランニングコストが発生します。 |
| 虫や汚れの発生リスク | 土や水を使用するため、管理が不十分だとコバエなどの 害虫が発生 したり、カビが生えたりするリスクがあります。衛生面での対策や、土を使わないハイドロカルチャー等の検討が必要です。 |
| 初期費用の増加 | こだわった内装材や特殊な植栽什器を導入する場合、一般的なオフィス内装に比べて 建築・内装費用が高く なる傾向があります。 |
| デザインのバランス | 単に植物を置けば良いというわけではありません。動線の邪魔になったり、ジャングルのように圧迫感を与えてしまっては逆効果です。 適切な配置計画 が求められます。 |
3. 効果の検証とデザインの進化
以前は「オフィスに植物を置くのは単なる飾り」と言われることもありましたが、現在では科学的なエビデンスに基づいた設計手法として確立されています。
✅ 科学的根拠(エビデンス)の重要性
たしかに、感覚的な「癒やし」と捉えられがちですが、心拍数の低下やストレスホルモンの減少など、生理学的な効果が実証されています。しかしながら、ただ緑視率(視界に入る緑の割合)を高めれば良いわけではなく、 10〜15%程度の緑視率が最もストレス緩和に効果的 とされており、過剰な設置は逆効果になることもあります。 結果的に一番大事なのは、 空間の用途に合わせて、適切な量と質の自然要素が計算されているかどうか なのです。
✅ WELL認証との関連
「建物そのものの性能」だけでなく、「そこで過ごす人の健康」を評価する世界的な基準である 「WELL認証」 においても、バイオフィリックデザインは重要な評価項目の一つです。 この認証を取得することは、 従業員の健康とウェルビーイングを第一に考える企業であることの証明 となり、ESG投資の観点からも注目されています。デザイン性だけでなく、健康経営の戦略として導入が進んでいます。
✅ 進化形:「五感へのアプローチ」
視覚的なデザインだけでなく、聴覚や嗅覚を取り入れたデザインも存在します。 最新のオフィスでは、ハイレゾ音源で 「川のせせらぎや鳥のさえずり」 を流したり、アロマ空調で森林の香りを漂わせたりするシステムが採用されています。これにより、直接的体験と間接的体験それぞれのメリットを取り入れることができ、 没入感を高めるとともにリフレッシュ効果も最大化 させています。
4. バイオフィリックデザインの具体的な要素
空間に取り入れるべき要素は、植物だけではありません。以下の要素を組み合わせることが重要です。
| 要素名 | 役割 |
|---|---|
| 植物(グリーン) | 観葉植物、壁面緑化など。 空気質の改善と視覚的な疲労回復 の役割をもちます。シンボルツリーとして空間のアクセントとすることもあります。 |
| 自然光 | 窓からの採光、概日リズム(サーカディアンリズム)に合わせた調光システムなど。 体内時計を整え、睡眠の質や集中力を高める 効果があります。 |
| 水(ウォーター) | 噴水、水槽、水盤など。水の流れる音には「1/fゆらぎ」が含まれ、 心を落ち着かせ、騒音をマスキングする 効果があります。 |
| 自然素材 | 無垢材の床、石、コルク、竹など。手触りや経年変化を楽しめる素材です。 温かみを与え、反射光を柔らかくする 役割をもちます。 |
| アースカラー | 茶色、緑、青、ベージュなど、自然界に存在する色使い。 安心感を与え、攻撃性を低下させる 心理効果があります。 |
まとめ
今回は、これからの空間デザインのスタンダードとなる 「バイオフィリックデザイン」 について、その構成要素である 「直接的体験」と「間接的体験」 の観点から解説しました。
直接的体験 は即効性のある癒やしや空気浄化に優れ、 間接的体験 はメンテナンスの容易さと空間の統一感、無意識への働きかけに強みがあります。どちらのアプローチにもそれぞれメリット・デメリットが存在します。
導入を検討する際には、その空間が どのような目的で使われるのか(集中作業、リラックス、コミュニケーション等)、そして どの程度のメンテナンスが可能か をきちんと確認し、自社の環境やライフスタイルに合ったデザインを選ぶことが大切です。
例えば、管理の手間とリアルな質感を両立させるために、フェイクグリーンと本物の木材を組み合わせた 「ハイブリッドな空間構成」 など、手法の進化も進んでいます。効果については、単なる装飾としてではなく、働く人の健康や企業の成長を支える投資であることを念頭に置きましょう。


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